Otophonicsとは otophonicsはオトフォニクスと読みます。otoとは「耳の」という意味の接頭辞。つまりotophonicsとは耳音響学を意味する造語です。それと同時に日本語の「おと」にもかけています。 立体音響 完全なる立体音響とはなんでしょうか。おそらくそれは「人が知覚する音場をそのまま再現可能な音の再現方法」でしょう。そして古来より人はそのような音の記録方法を求めてさまざまな録音方式を発明してきました。 しかしながら、バイノーラルをはじめとするそれらの方式は、主に人間の外側で起こっている現象を記録することに力を注いでおり、本来の主体であるリスナーそのものにはあまり注意を払っていなかったといえます。これに世界で始めて着目したと思われるのがアルゼンチン出身の脳生理学者であるヒューゴ・ズッカレリ博士の考案した「holophonics(ホロフォニクス)」です。しかし、ホロフォニクスは発明者自身によって封印されたままであり、いまだにその詳細は明らかになっていません。 otophonicsもまた外部現象ではなく人間の内部で起こっていることに注目した録音方式です。おそらくはアナログデバイスを駆使するholophonicsと異なり、コンピュータを駆使した計算を行うことにより聴覚のシミュレーションを行っています。 もともとotophonics自体、今から約20年ほど前にホロフォニクスに触れた衝撃から研究を開始していることもあり、理論の詳細は不明ながら恐らく非常に近いことを行っているのではないかと推測されます。 ただし、otophonicsはあくまでも独自に当研究所がたどり着いた方式です。 聞こえとは何か 人間が音を聞くというとき、いったい何を以って「聞こえる」というのでしょうか? おそらく多くの人は「鼓膜の振動こそが聞こえの正体」だと答えられるのではと思います。 しかし、果たしてそうでしょうか。 よくたとえで持ち出される話ですが、ある場所に雷が落ち、木が倒れたとします。しかし、そこに聞くもののいない場合、本当に音が鳴ったとは誰にもいえないのです。つまり、あらゆる現象は観察者がいて初めて知覚され得るのです。知覚なくして現象なしとはいささかラディカルなたとえではありますが、ともかくここでいえることは、「観察者(人間)が知覚するからこそ、音は『その観察者にとって』存在する」ということなのです。 言い換えれば、音を聞いているのは観察者の知覚の主体…即ち脳です。たとえば手をどこかにぶつけて痛いとき、痛みを感じているのは手ではなく脳です。同様に、音が鳴っていると感じているのは脳に他ならないのです。 無論脳にいたるまでの経路がなければ情報の入力は不可能ですから、結果的に鼓膜に限らず、人間の外部環境から頭部や耳介、外耳道から鼓膜、内耳から聴神経、そして脳の聴覚野…あらゆる部分が人間の知覚する音場の認識に密接に関わるといえます。言い換えれば、聞こえとは外部の現象を耳という器官システムを用いて脳と通信して認識することなのです。 なぜ立体に聞こえるのか これはいささかおかしな設問です。本来人間の聴覚は立体でしか捉えられないように出来上がっているからです。長年の進化の過程で人体は側線鱗から耳を発達させました。側線鱗とは魚の側面にある器官で、水の微妙な変化を感じ、周辺の状況を捉えるための器官です。それが陸上に上がって後に孔状になり、空気の振動を脳に伝える器官になったとされています。いわゆる両生類や爬虫類の耳です。 その後哺乳類まで進化が進んだ際、音を増幅する仕組みが進化しました。哺乳類は非常に狭いニッチを満たしていたため、捕食される危険をできるだけ避けるために周辺の状況を強力に探知する必要があったからです。どこから襲ってくるとも知れない捕食者を聴覚で捕らえようと思ったら、もちろん感度を上げるのみならず立体で音を捉える仕組みを発達させなければなりません。 そのような歴史がありますので、その末裔たる人間も立体聴を行っているのです。 つまり、人間が聞く音はそのほとんどが立体なのです。例外はヘッドフォンや骨伝道スピーカーで聴く通常録音くらいのものでしょう。 ではどうやってたった二つの耳から立体的な空間情報を取り出しているのでしょうか? その答えは二つあります。一つ目は左右の耳に届く音の周波数や時間の差の利用です。たとえば音が左で鳴っているとき、その音は左耳にだけ届いているわけではありません。一定の時間差で右耳にも届いているのです。ここで脳が何も判断しなければ若干中心より左に寄ったところで定位しておしまいという感じなのですが、脳はこの時間差から音の鳴っている位置を自分の左だと判断し、左から届く音として知覚されるのです。 また、耳介や頭の形状によっても左右の耳に届く音は大きく加工され、周波数などに差を持つ音波として到達します。こうして前後や上下も大体似たような感じで知覚されます。 もう一つ目は側線鱗から連綿と伝わる「耳の本質」の利用です。耳は決して音を聞くだけのために発達した器官ではありません。実は最近までほとんど知られていなかったのですが、耳は独特の音を自ら発しています。これを利用して周辺情報を把握する役に立てています。 周辺の音場から耳の内部に入ってくる音はさまざまな情報を内包しています。ここに、耳自身がアクティブに発する音をぶつけることで干渉が発生します。この干渉を元に脳はある音がどの程度の距離を持ち、どの辺りにあるのかということを計算しているのです。 つまり、脳と耳が通信を行いつつ周辺環境の把握に努めているのです。 これはちょうどレーザーホログラムと似ています。レーザーホログラムはコヒーレントな光であるレーザーを用いて、立体物との干渉で発生したモアレを金属面などに記録します。再生時はその記録にレーザー光を当てることで干渉波からもとの立体が再現され、立体画像が結ばれます。 これと同じように耳の発する音(レーザーにあたる)と外部の音(立体物に当たる)の干渉結果を元に、脳は位置の判断を行っているのです。 otophonicsがやっていること 前項のような基礎を元に、耳の内部から発する音を用意し、これを外部の音と干渉させ、その結果を録音することにより、再生時に脳がその録音内容から元の立体を再現することができます。 これこそがotophonicsが行っていることです。 頭部伝達関数などを元にドップラー効果などを駆使して立体空間に音像を定位させる技術などとは異なり、otophonicsは頭部伝達関数を使用していません。ただ、脳そのものがこの方式の録音に織り込まれた情報を元に音の距離感などを判断します。 話が若干それますが、音によっては直接意識しづらい傾向のものがあり、それは通常のステレオ録音ではノイズとして一緒くたに切り捨てられてしまいます。otophonicsでは逆にこのような音を積極的に利用しており、音場そのものを記録するための大事な要素としています。つまり、ただのノイズではなく「音として知覚はされづらいが気配として感じ取れる」という要素になります。気配の正体は現時点ではおそらく電磁波であろうとされていますが、音もまた大切な要素なのです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |