理想的なリスニングのために

まさにその空間に瞬間移動したかのような体験のために、Otophonicsの特性を最大限に引き出すヒントを挙げておきます。
始めに、まずこのページの末尾にあります視聴上の注意についてはよく読んでおいてください。

全ての話の前に

まず最初に、研究を始めた当初とは大きくリスニング環境が変わってきてしまったために、進んだ技術によってせっかくの立体録音が全く立体に聞こえない現象が生じる事例が出てきています。
まず非常に大切な最初のステップとして、Otophonics(あるいはそれに類する立体録音)をお聴きになる際、必ずDSP(デジタル信号加工プロセッサ)を切ってお聴きになって下さい。
DSPは最近多くのPCや携帯サウンドプレイヤーに装備されるようになってきています。これは低音を増幅したり音像を広げたり残響を加えるといった様々な加工をサウンドに施し、リスナーの視聴をサポートする機能です。ところが、この機能(特にサラウンド系)がONになっていると、otophonicsなどはほとんど立体感を失ってしまいます。
もしあなたがウェブ上のサンプルをお聴きになって、全然立体感がないとお感じになった場合、まずはこの機能が入っていないかをご確認頂ければ幸いです。たとえば、最近のノートPC上のWindows7では、多くの場合この機能が出荷時からONになっています。また、数年前のものであってもコンポの類にはこの機能が搭載されているケースが目立ちます。

二つの音場情報

Otophonicsをはじめとする音場再現型の完全立体音響を視聴する際、必ずつきまとうのがこの二つの音場情報問題です。
二つの音場情報とは、すなわち録音時の音場情報再生時の音場情報です。これは立体音響に限らず、通常のオーディオにおいても言えることではありますが、立体音響では特に強い影響を受けてしまいます。

録音時の音場情報 Otophonics録音とステレオ録音

録音時の音場情報とは、録音の現場の持つ空間情報とほぼ同義です。
そもそもOtophonicsは録音現場の音場情報をすべて正確に再現するための技術であり、記録された音場情報をリスナーの脳が受け取ることで、広い空間は広い空間として、狭い空間は狭い空間として感知することができます。
本来音場は平面ではなく立体に広がるものなので、この情報を記録する副産物として、結果的に再生時、後方や上下で鳴っている音源もその位置で鳴った音として感知できるわけです。

この情報(立体的な音場情報)の再現がしっかりできないため、一般的なピンポイントステレオ録音ではほとんどすべての立体感が失われてしまうわけです(音の遠近による高域の減衰や残響音の位相などで判断できる余地は残っています)。
また、複数のソース(音源)をミックスダウンする通常のステレオ録音はこの点ではもはや絶望的と言っていいほど立体感が失われてしまっています(そもそも空間情報がないように、できる限り音源そのものの音だけを録音します)。そこに後付けで音場再現用エフェクトなどをかけることで、人工的な音場感を作り出している録音も存在します。
それは例えてみれば、写真を切り抜いたコラージュをスキャンして立体モデルを作るような感覚であって、元の空間を立体写真にしたものとは、立体感の面では肉薄していようと、決して張り合うような類のものではありません。どちらが優れているというのではなく、そもそも全く違う概念の産物なのです。

この点では5.1chサラウンドも同じです。5.1chサラウンドは物理的に背後やセンターにもスピーカーを用意することで、円状の音場をリスナーの周囲に作り出す技術です。
しかし、なぜ背後でも音を感じることができるのかと言えば、それは背後にもスピーカーが存在するからというだけに過ぎず、たとえば真横で鳴っている音などは前後のスピーカーの合成音となるため、完全な円周上の定位が可能というわけではありません。
もう少し踏み込めば、要するにこの方式では音場を再現するフェーズはあくまでもリスニングルームそのものに存在し、録音時の音場はあまり考慮されません。従って、スピーカーを置く位置によって再生される音までの距離も変わりますし(つまり音源までの距離感はいっさい認識することができません)、そもそも上下などに広がる音はいっさい再現されません。
これも全く違う概念の産物である上、そもそも純粋なオーディオとは相容れない側面を持っていますので、ここでは割愛します。

再生時の音場情報

再生時の音場環境とは、一般的なオーディオでもよく言われる、いわゆるリスニングルームの環境を指します。それがどのような環境であろうと、視聴環境もまたリスナーの周囲に存在する空間である以上、別の立体情報を持つ音場として、やはりリスナーの脳に影響を及ぼします。
そこで一般的な解としては、やはり極力リスニング環境が録音時の環境に悪影響を与えないような状態を設定する、ということになります。
一般的なオーディオであれば、遮蔽物や室内のよけいな凹凸をなくし、周囲の壁などからの反射音を抑えるような部屋作りを行うのがセオリーでしょう。これは結果的に暗騒音を抑えることにつながりますので、もちろんそのような部屋を用意することができればOtophonicsも再現性高く再生することができます。
しかし、ここで終わるほど話は単純ではないのです。
一番のポイントは、Otophonicsが通常、ヘッドフォンによる再生を前提にしているという点です。
もし充分に遮音性の高いヘッドフォンであれば先ほどのような問題は起こりにくいため、あまり気にせずに再生が行えるのですが、一般的によほどのオーディオエンスーな方でなければそのようなヘッドフォンは所持しているとはいえず、ポータブル機などに付属のインナーイヤーフォンをお使いの方のほうがむしろ多数派ではないかと思われます。
遮音性の高いものであればこの項は無関係です。しかし、そのようなヘッドフォンは少なく、一般的な製品は外部の音をある程度は耳に伝えるようにできあがっています。特にインナーイヤーフォンなどはアウトドアでの使用もにらみ、ごく一部の製品を除いては遮音性はほとんど期待できません。
ということは、つまりリスニングルームの影響を通常のステレオ録音のソースよりもはるかに大きく受けてしまう方がほとんどであり、場合によってはそれが立体感を大きくスポイルしてしまう原因になりかねないことを意味しています。

Otophonicsにおける理想的な視聴環境

今までのことをふまえ、Otophonicsにおける理想的な視聴環境を考えると、以下のようにまとめることができます。

・Otophonics用の特殊なスピーカー

現在開発中ですが、Otophonicsの再生が比較的正しく行える特殊なスピーカーの場合、リスニングルームは極力音場情報をスポイルするものが望ましいと言えます。
これは即ち、無響室こそが理想的だということです。無響室は暗騒音や反射音をほとんど吸収してしまう構造になっており、録音時の音場環境を最大限引き出すことが可能です。これが一般的なオーディオのスピーカーからの再生ということであれば、無響室から得られる良い影響は、せいぜい測定を行う際に正確性が期せるという程度のものです。
しかし、Otophonicsに特化したスピーカーは室内の反響などを嫌いますので、却って正確な立体音場の再生が可能になります。

・ヘッドフォンやインナーイヤフォンを使う場合

一般的にはこちらのケースがほとんどでしょう。そして、こちらのケースでは通常のステレオ録音では思いもよらない視聴環境が推奨されます。
まずはOtophonicsスピーカーと同様の無響室。これはヘッドフォンで再生する際にも同じく理想的な再生環境といえます。
もちろん無響室は一般的なリスナーが気軽に利用できるようなものではありませんので、通常は極力反射音を抑えた部屋ということになるでしょう。つまり、デッドなリスニングルームや音楽スタジオです。
ヘッドフォンはある程度は周囲の音を遮断しますので、この程度の低反響低定在波な環境であれば、必要にして充分な効果を得ることができます。
次に高い効果が得られるのが、意外にも屋外…それも開放的で静かな屋外です。これはスピーカーを前提とした一般のオーディオの世界では考えもつかない環境ですが、ポータブル機とヘッドフォンの組み合わせでは最高のコストパフォーマンスを発揮します。
屋外の広い空間では事実上(床面を除く)反射音が存在しません。そこで、地面が芝生で覆われていたり砂地だったりといった空間を選択すれば、意外にも外部空間の影響をほとんど排除した状態で録音時の音場を再現することが可能です。ただし、あくまでも周囲の安全を確保した上で視聴してください。その点で、静かな公園などがお勧めです。
そして、ヘッドフォンなどで視聴する場合の最高の視聴環境は、ずばり録音した場所に近い音場で聴くことなのです。たとえばOtophonics Gadgets 2007の夏の夕暮れというトラックは公園のベンチでの録音で、ベンチの背後にも広い空間が広がっています。そこで、ベンチのある広めの公園で、ベンチの背後にも広い空間があるような場所を探し、そのベンチに腰掛けて聴くわけです。
このような聴き方をしたとき、じつは最も(本来最強であるはずの無響室すらしのぐ)高い空間効果を実感することができます。
理由は、人間が生き物だからです。このように書くと途端に観念的になってしまいますが、もう少し詳しく言うと、人間は一つの感覚だけで生活してはいない、ということです。言うまでもなく、聴覚以外にも視覚や嗅覚、触覚、そして味覚などといった多様な感覚を常に感知しながら人は生きています。一見何も感じていないようなときでも、それは脳があえて無視するような処理を行って意識に上らないようにしているだけで、無意識下では膨大な情報処理を行う材料として常に活用しています。
ですからただ単に聴覚だけから情報を入力して脳内における共感覚的な連想記憶を喚起するよりも、できるだけ五感すべてから録音時の環境に近い感覚を入力する方が、より無理なく脳にその音場を認識させることができるのです。
一般的なステレオ録音と違う最大の点はまさにこれで、音楽を聴くためのオーディオは、あくまでも聴覚だけが主体であるのに対し、Otophonicsは人間の脳が体験すること(または記憶を追体験すること)が目的であるため、全感覚が主体といえるのです。現状、手軽に再現可能な感覚はこのうち聴覚だけですので、残りは似たシチュエーションから得られるあらゆる入力を元に、リスナー自身の脳に(無意識と記憶を元に)再現してもらうわけです。
昔ホロフォニクスのブックレットに書いてあったのですが、マッチをする音を聞かせた際に耳が熱くなったり硫黄のにおいを感じた人がいたとのことでした。これこそまさに上記の説明に合致するケースで、要するに脳はただ単に立体音響でマッチを擦った音を聞いたのではなく、立体音響のマッチをする音からかつての記憶を励起し、その記憶によって(マッチを擦るという行為の)追体験をしているのです。だからこそ共感覚が起こり易くなります。
そこで、さらにこれを一歩進め、聴覚以外の情報も実際の周辺環境から再現します。その上で目を瞑り、視覚を遮断します。視覚は非常に大きな影響を与えますので、これは大切です。

ここまでを実行して頂ければ通常は充分なのですが、より良い効果のために大切なことが後一つあります。それは繰り返し聴くことです。
Otophonic Gadgets 2007の解説ブックレットと一部かぶりますが、人間の頭部の形状には個人差があります。この差があまりにも大きい場合、その人その人の脳の学習内容が閾値を超えて異なるケースが出てきます。つまり、録音時に想定している頭部形状とあまりにも異なる頭部形状(特に耳介の形状)を持った方は、立体感がスポイルされてしまう可能性が存在するのです。
しかし、人間は帽子、めがね、髪型、マスク、果てはイヤーマッフル等々によって、頻繁に頭部形状が変わる生物です。でありながら立体感はちゃんと維持されます。それは頭部形状が変わった状態でも生活を続け、その形状で脳が学習を行うためです(もっとも、視覚における度の強いめがねなどでもない限り、ちょっとセンサーの特性が変わったからといって感覚が大きく変化することは通常ありませんが)。
一度学習が行われれば、あとは度の強いめがねをかけたり外したりしてもかけ初めの頃と異なり目眩が起こったりしないように、脳がその状態に合わせて、いわばモードを変更します。
同じレンズの入っためがねであっても、新しいフレームで作れば、やはり慣れるまで時間がかかる場合があります。しかし、慣れてしまえばそのようなことは起こらなくなります。視覚のモードが変わるからです。
このように脳はすばらしい柔軟性を持っていますので、Otophonicsの録音システムNASSUの想定する標準的な頭部形状でもし充分な立体感が得られなくとも、繰り返し聴き続ければ脳が学習し、正しい音場を再現することができるようになっていきます。
当初(後方から徐々にパンニングを行うなど)予備情報がない状態での前方定位が後方定位になってしまう方は(サンプル数が少ないながら)一定数いらっしゃいます。しかし、学習を行った結果、多くの方が正しい定位を予備情報なしに認識することができるようになります。
ただ、これとて絶対ではありませんので、必ずしも全員に完全な認識が可能というわけではないことはあらかじめご了承ください。
まとめますと、結局なるべく反響の少ない部屋広くて静かな屋外録音環境に似たシチュエーション目を瞑って聴くことが大切であるということになります。
そのガイドになるように、The Otophonic Gadgets 2007の解説ブックレットでは、なるべく詳しく録音された環境を記載するようにしてあります。どうぞご参考になさってください。


Otophonics視聴上のご注意

Otophonicsは通常のステレオ録音と異なる完全な立体音響システムです。
その特性を引き出すためには以下のような点にご留意いただきますようお願い申し上げます。

・音声加工の行われない状態でお聴きください(重要!)

オーディオアンプやミニコンポ、カーオーディオなどに組み込まれた「DSP」「シーン」「バスブースト」「サラウンド」など、音を加工する仕組みがonになっていると、多くの場合立体的には聞こえません。
PSPなどのゲームデバイスでお聴きになる場合にも音声加工はすべて切って頂きますようお願い申し上げます。
Windows VISTA以降のWindowsでは、特にDELLなどメーカー製パソコンの一部で、あらかじめ「音質の改善」機能がオンになっている場合があります。これも立体には聞こえませんので、コントロールパネルのサウンド項目より切って頂きますようお願い申し上げます。
iPhone、iPadなどでは通常音声加工は行われていませんので、ほとんどの場合正常に再生されます。

・通常はヘッドフォンやイヤフォンでお聴きください

その特性上、もっともタイトに本来の音場が再生できるのは密閉式のインナーイヤフォンですが、通常のステレオイヤフォンやヘッドフォンでも十分な音場が再生できます。
効果には個人差がありますので、各自の聞きやすい環境でお聴きください。
ただし、一般的なスピーカーでの再生にはあまり向いていません。一般的なスピーカーは指向性が強く、また多方向からの残響音がすべて一方向に再生されるため若干音の輪郭がぼやける傾向があります。

・暗騒音のない環境でお聴きください

otophonicsは周囲の音場をすべて記録する録音方式であるため、再生する環境によっては空間情報の干渉が起こり、立体感がスポイルされてしまうおそれがあります。よって、無響室あるいはそれに近い環境か、あるいは静かな屋外でお聴きいただくと、もっとも正確に再現することが可能です。また、リラックスした状態で、できれば目を瞑ってお聴きください。

・停止してお聴きください

特にotophonicsに限った話ではありませんが、視聴は必ず安全な場所で停止して行ってください。歩きながら、散歩中、乗り物の運転中などにお聴きになるのは大変危険ですので絶対におやめください。
otophonicsは音場を脳が処理する部分が大きいため、通常の録音よりもさらにご注意いただきますようお願い申し上げます。



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